『恐妻家クエスト ゴブリン討伐(3)』


□ ゴブリン討伐(3)

エルド村に到着したときにはすでに、日が落ちて辺りは暗くなっていた。
村は小さい柵で覆われて、レンガ造りの小さな家が点々と建っていた。
レンガ造りの家が、全部で10軒も無い、小さな村だ。
その殆どの家に、小さな小屋が隣接して建っていた、どうやら家畜を飼っているようだ。

各家の小屋のそばに銀色の大きなタンクが2〜3個置いてある。
この村は、家畜−−−恐らくヤギかウシから取れる乳を売って生計を立てているのだろう。
ヘレナがしかめっ面をする。どうやらこの家畜の臭いが駄目みたいだ。
「ねぇ、はやく宿にでも入ろうよ。チンタラしてないでとっとと行動してよ。」

私は村に入ってすぐそばの家の扉を叩いた。
なんとも言えない、いい香りが漂っている。恐らく食事の最中なのだろう。
「いい匂い〜。そろそろおなか空いたね。ご馳走してくれないかしら?」
突然家を訪ねに来た、何の義理立てもない人間に夕飯をご馳走してくれる寛大な人間は少ないだろう。
もういちど扉を叩こうとしたときに、扉の頭ぐらいの高さにある、正方形の小さな引き戸が勢いよく音を立てた。

扉のクチから覗いているのは小さな男だった。ゴワゴワした顎鬚を蓄え、頭は頭頂部が卵のようにハゲあがっている。
小男のギラギラした目が左右にすばやく動いている。
「おまえら、だれだ?」顎鬚が少しだけ上下に動いた。
「城からゴブリン退治で派遣されてきた傭兵です。すいませんが村長さんのお宅はどちらか教えていただけないでしょうか?」
男の目が私の頭からつま先まで舐めた。扉のクチが勢いよく閉まり、扉がギィィと音を立てて開いた。
「入れ。」と、一言だけつぶやいて、男は家の中に入っていった。

「感じ悪いね。」としかめっ面のヘレナをなだめながら男の後に続いた。

入ってスグに大きな斧が置いてあった。切っ先に黒いものがこびりついている。とても大きな斧だ。
奥には大きな鍋がグツグツと音を立てている。テーブルにはひとり分の食事が置いてあった。
さっきの小男がテーブルの上座に付いた。男たちは食事をやめて、こちらに視線を向けた。
「派遣されてきた傭兵だ。」小男が言った。

「はじめまして。私はエディと言います。こっちはヘレナ。早速で申し訳ありませんが、仕事の話をしたいのですが。」
「オレが村長のギュモリだ。」
さっきは顔だけしか見えなかったので気が付かなかったが、身体は小さいが全身が筋肉で隆々としていた。
クビと腕がまるで丸太のように太い。足は短いが腕の2倍は太いように思われる。先ほどの大きな斧も納得がいく。
短い足でしっかりと大地を踏みしめ、丸太のような腕で力任せに振り切るのだろう。

「仕事はゴブリン退治だ。この数ヶ月でとんでもねーことになっててなぁ。」
太い腕についた太い指で、ゴワゴワした髭を触りながら言った。
「ゴブリンは昔から近くの洞窟に居たんだが、最近どうも様子がおかしくてな。
昔は村に来ることなんて殆ど無かった。来たとしても人間や家畜の姿を見るとビビッて逃げちまってた。
それがな、最近になって襲ってくるようになってな。」
「家畜、ですか?」
「そう。そして人間もだ。」
「人間を!?」ヘレナが声を荒げた。悲鳴に近い声だった。
ギュモリはしかめっ面になってしまった。「あまり大きな声をださんでくれ。」
「一番初めに襲われたのは子供だった。近くをたまたま通った大人が追い払おうとしたんだが、あのクソは子供の首筋にキバを立てやがった。」
ヘレナの顔が青ざめている。
「それからはウシ、ヤギ、子供が次々と襲われた。オレたち村の男が集まって自警団を作り、村を襲ってくるゴブリンどもを殺していった。
だが、数が減るどころか、毎回増える一方で、最近では一度に数十匹のゴブリンが襲い掛かってくるようになった。
このままだと危険だと思い、自警団総出で住処の洞窟に言ったんだよ。」

ギュモリは奥に行き、大きな鍋から小さな木製の深皿にスープを入れた。
「立たせっぱなしですまんかったな。座れ。オレのスープを飲め。うまいぞ。」
「ありがとうございますっ」満面の笑みでヘレナが答えた。
席に着いた私たちの前にスープが置かれる。ギュモリが持っていたから小さく見えた木皿だが、近くで見ると結構大きかった。
いい匂いが広がった。白いドロっとしたスープの中に野菜と肉が入っている。
「あ、おいし〜!」
「うまいだろう、おじょうちゃん。コレはなウチで取れた牛乳を使ったスープだ。」
ゴワゴワした髭が左右に広がった。どうやら笑っているようだ。ヘレナも笑顔で返す。自分の夫以外には愛想がいい。
少しは夫にも愛想よくして欲しいものだ。( `д´) ケッ!

私もスープをクチに運んだ。やわらかい味と香りがクチの中いっぱいに広がる。肉はとろけるように柔らかくなっている。

「さて、どこまで話したっけな?」腰掛けながら言った。
「そうだ、洞窟に行ったところからだったな。それでな洞窟に行ったんだが、入り口には鎧に身を固めたゴブリン二匹がいたんだ。
ゴブリンが鎧だぜ?信じられるか?」やれやれ、といった感じで両手を挙げる。
「異様なのはそれだけじゃない。なんか分からないんだが洞窟に近づいた途端、全員が吐き気に襲われてな。
もうコレは素人にはムリだろうって逃げ帰ってきたんだ。なんか、こう、空気が腐ったような感じだったな・・・。
それでな、城にお願いしたんだがお城もイロイロと忙しいみたいでな。うちの村みたいなところがいっぱい出てるわけだよ。
そしたら国王が『報奨金は国で持つから傭兵に依頼してみてはどうか?』とおっしゃってくれてな。」
「で、わたしたちが来た、と。どうりで結構いい値段だと思った。」納得したように頷きながらヘレナが言う。
「そうだ。ま、今日はもう遅いからウチに泊まっていくといい。部屋はいっぱい余っているからな。」

その後、3人で食事を済ませ床に付いた。
このあたりは夜になると冷えるから。そういって暖炉の火は点けたまま各自の部屋に移動した。
寝る直前にギュモリが暖炉に薪を数本足していった。
糧を手に入れた炎たちが喜びを踊りで表していた。まるで生きているようだ。
ここ数ヶ月、この村では暖炉の「持ち」が長くなっていた。

異変に初めに気がついたのは子供たちだった。
いつも遊んでいる森が、突然恐ろしくなった。
美しい緑の木々が魔女の顔のような灰色に染められ、木漏れ日が無くなり、空気がよどんでいた。
大人たちは「いつもと変わらない」と取り合ってはくれなかった。

夜の帳が、村に重くのしかかっていった。現実と御伽の境目が薄れいていた。




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