『微睡の中で(8)』
□アサイチ その2
仮眠室に入ると、目に飛び込んでくるのがでっかいコタツ。
コタツのうえにはカゴいっぱいにはいったみかん。奥に四角形の赤いストーブがある。
ストーブはついていない。しばらく付けていなかったようで、部屋はひんやりしている。
田村はコタツにはいって、みかんを剥いていた。
かわを4つにむいて、実を取り出し、ひとつとって白い綿を一生懸命とっていた。
「お、きましたか。」目だけこちらに向けて、綿取り作業は続けている。
「あなたもおひとつどうですか?ま、わたしのではないんですけど。」
寅之助は入り口に立ち、その様子をジッと見つめていた。
背中にはじっとりとした汗がにじみ出ている。すこし吐き気もする。
「・・・オレは、やっていません。」
田村はすこし驚いた顔をして、すぐに穏やかな表情になった。
「まあ落ち着いてください。土方が何を吹き込んだかわかりませんが、コレは取調べじゃありませんから。
現場の検察が終わるまで、私たちに協力して欲しいだけなんです。」
「協力・・・ですか?バラバラに?」
「ええ、協力です。この手の殺人事件は、大抵が怨恨ですから、ガイシャの交友関係とかを探るんですけど、
ホラ、みんながいたら喋れない内容とかあるじゃないですか。えっと、たとえば誰かと付き合っていたとか、
変な趣味を持っているとか、そういう噂みたいなことも聞きたいんですよ。」
田村はスーツの内ポケットからラッキーストライクの箱を取り出し、器用に片手でタバコを一本取り出して口に運んだ。
「一本どうですか?落ち着きますよ。」と進められたが、寅之助は断った。
「じゃあ早速ですが、吉田さんで知っていることがありましたら、なんでも教えてください。」
そう言い終えると、ズボンのポケットから100円ライターを取り出して、タバコに火をつけた。
深く吸って、煙が肺臓を充満するのをまって、ゆっくり吐き出した。
寅之助はしばらくタバコを吸っていない。理由は体に良くないからだ。
だが、すっきりする。胸の”つかえ”が取れるような気がする。今は無性に吸いたいと思っているが、
吸ってしまうと歯止めが利かなくなってしまいそうだ。
うまそうに一服している田村を見ていると、無性に苛立ちを覚えた。・・・こいつも死ねばいいのに。
「仕事は出来ますし、上司からの特に部長からの信頼は厚かったです。
交遊関係は知りませんが、付き合っている女性がいるっていう話は聞いたことがないです。いたってマジメでした。」
「ほう。絵に描いたようなすばらしい人物ですな。」にやりと笑った。
「ええ、そうですね。」
「じゃあ、なんで付き合っている女性がいない、もしくはいないように見えるんでしょうか?」
「え?」じゃあ、あなたは付き合っている人がいるように見えましたか?と言い返しそうになって口をつぐんだ。
「やはり体系とか性格でしょうか・・。」
「貴方は彼のことをどう思っていましたか?」
「私は・・あまり好きにはなれませんでした。」
「それはなぜ?」穏やかに尋ねた。恐ろしいほど優しい口調だった。
迷った。なんて言えば伝わるのだろうか?吉田を見たときの不快さ、話をしたときのかみ合わない感じ、そういうことを
どういえば他人にわかってもらえるんだろうか?コレといった明確な理由があるわけではない。ただ、キライだった。
「特に、、理由はありませんでした。ただ、嫌悪感というか、不快になるというか。。。」
「そうですか。嫌悪感、ね。」一瞬、田村の穏やかな顔が、一変して険しい顔になった・・・ように見えた。
まずいと思った寅之助は
「だからと言って殺したいほど憎んでいたりとかはなかったんですよ!だから、だから、すごく恐ろしくて。」といった。
「ええ、わかっていますよ。」微笑んで「ご協力ありがとうございました。もういいですよ。」
寅之助は立ち上がり、タバコを灰皿に押し付け、みかんを食べ始めた田村に一礼し、
ひんやりした仮眠室からゆっくりでていった。
最後の「恐ろしくて」という部分は、吉田が殺されたことではなく、自分が殺したかもしれないという思いから来た言葉だった。