『微睡の中で(11)』


□ゴゴイチ 2

折本が自分のベルトを引き抜き、寅之助の手を後ろでしばった。
本皮製品のベルトのようで、なかなか結ぶことができず、解けては結ぶ作業が繰り返された。
そのたびにかなりの痛みが寅之助を襲った。痛みが手から背中、そして足まで走った。
硬い皮が皮膚に食い込み、血がにじむのが感じ取れた。

結局折本は寅之助の手をしばることはできなかった。

「さすがにやりすぎでは・・?」吉川が言った。
「そんなことはないっ」そう叫びながら、仁科は寅之助にちかよった。
「こいつが犯人で間違いないだろうっ!」と叫びながら、寅之助のおなかに蹴りを入れる。
鈍い音がした。「ううっ」と苦しんでうずくまった所に、今度は顔を仁科の蹴りが襲った。
避ける暇もなく頭をキレイに蹴り抜かれ、思いっきり頭を壁にぶつけた。

意識が朦朧とするなか、吉川と仁科が何か言い合いをしているのが聞こえた。
目にみえる景色がいつもと違っている。目の前を赤いフィルムで覆っているようだ。
ずっと耳鳴りがしていて、周りの音も聞き取ることができない。
頭に激痛が走ったので触ってみるとヌルリとした。血が出ているようだ。
なんとか両手を使って上半身だけ起こした。手元に赤黒い水溜りができている。

仁科が暴れていて、吉川が仁科を後ろから羽交い絞めにしている。
折本はその様子を部屋の隅に座ってみている。どうもおびえているようだ。
羽交い絞めにされてもなお、寅之助を殴りつけようと腕を振り回している。
その手には大きな鉈を持っていて、刃先には血が・・・。目をこすると鉈は消えていた。
赤いフィルムも取れたようだ。手の甲に血がベットリとついていた。目に血が入ったようだ。

監視室にいる伊勢谷は、まだ叫んでいた。会議室は仁科の叫び声が広がっていた。
唯一、仮眠室だけが、ひっそりと静かにしていた。

急に寅之助を眠気が襲った。
頭を打ったからか、血を流しすぎたのか分からないが、とにかく眠たい。
それは眠気ではなく意識喪失なのかもしれない。が、どうでもよくなっていた。

薄れゆく意識の中、仁科が吉川を振り切ってこっちに向かってきてるのが見えた。
逃げようと思ったが、上半身が思うように動かず、床の血溜りに左手を滑らして倒れてしまった。

そしてそのまま、意識は深い闇へ堕ちていった。

寅之助は暗闇の中に立っていた。
暗闇に目を凝らすと、長机と椅子が見える。そこは会議室だった。
しまっていたはずの監視室のドアは開き、伊勢谷が上半身だけ会議室側に出して倒れていた。
頭から血を流している。仮眠室も同様に開いており、西里さくらが伊勢谷と同じ格好で倒れていた。

会議室には死体が氾濫していた。
みんな頭から血を流して倒れている。みんな、だ。

寅之助はちょうど見渡せる位置に立っている。右手には黒くて長い、先が鉄アレイのようになっているモノを持っている。
その丸い所から血がたれていて、足元に血溜りを作っている。

「ひぃっ」突然怖くなり、その黒くて長いモノを放り投げた。
首の後ろに冷たい感触があった。振り向くと折本が首に手を回していた。
折本の目は窪んでいて、目玉はなかった。顔は青白く、頭左半分がえぐられたようになっていて脳漿が見えた。
「うわぁぁぁっ!」折本を押した。胸がボコンと凹むだけで、後ろには下がってくれなかった。
押し返すのはムリだと判断した寅之助は、顔を正面に向きなおして走って振り切ろうとした。
とたん、前のめりに倒れた。左足を床に転がっていた土方が掴んでいた。同様に目が窪んで目玉がなかった。

声にならない悲鳴をあげて、這って逃げようとした先に、仁科が立っていた。
頭右半分がかけて脳漿が耳にまで流れ出ているが、目玉があった。ぎょろり、とこちらをみた。
「・・・おまえがころしたんだ。」
口は動かなかったが間違いなく、仁科が喋った。仁科の声だった。「おまえが殺したんだ。」


コレは夢だ。そう気が付いたときと同時に目が覚めた。
上半身を壁に預けて足を伸ばして座っている。その足に仁科の顔があった。
コレは夢の残り香だと思い、手で払おうとすると手に感触があった。
ベチャという感触があった。仁科は血だらけの頭を寅之助の左ひざに預けてうつ伏せに倒れていた。
両手で頭を膝から落とそうとするが、うまく手に力が入らない。
左ひざを抜きながら、両手で思いっきり押すことで漸く頭を下に落とすことができた。

ゴトン

仁科の頭がフロアのタイルとぶつかり、鈍く大きな音がした。
フウフウ息を切らしながら辺りを見回すと、吉川がうつ伏せに倒れているのがわかった。
監視室の扉が開いており、誰かの右足が見えていた。向きからして仰向けに倒れているようだった。
振り向き仮眠室を見た。ドアが空いていた。状況が把握できないままでいると声がした。

「そのまま寝ていれば気づかなかったのに。」

心底残念だ、というように溜息が後ろから聞こえた。
振り返った瞬間、胸の真ん中に激痛が走った。ボキンという骨が折れる音がした。
胸骨の下にあたる剣状突起と呼ばれる骨に、黒い塊が強く振り落とされた。
うずくまったところに、今度は額を下から突き上げられた。勢いよく後ろに仰け反り強く壁に叩きつけられた。
叩き上げられ、後頭部を壁に強く打ちつけ反動で戻ってきたところを、今度は右側面から横に殴りつけられた。
グシャという音が会議室内に広がった。

寅之助はそのまま横に倒れ、会議室の死体の仲間入りをした。
その後、黒い塊は会議室に倒れている全員に3回ずつ頭に振り下ろされた。




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