『微睡の中で(10)』


□ゴゴイチ 1

会議室は異様な空気に包まれている。

監視室には伊勢谷大樹、仮眠室には高樹結花、武田裕子、西里さくら。
会議室には寅之助、刑事の田村、課長の仁科智之、折本隼人、吉川大輔、
・・・そして、机に伏せている部長の枕崎健二、フロアに倒れている警察官の土方だ。

田村は、監視室の前から離れ、落ち着いた動作でフロアに倒れいている死体
−さっきまで土方と呼ばれていた−の前で膝を付いた。
ゆっくり死体の首元に手を伸ばして脈を計りだした。

寅之助にはその光景がとても滑稽に見えた。アレだけの血溜を作っておいて生きているはずがない。
その死体は、後頭部から白い物が見えていた。剥き出しの頭蓋骨だ。
頭の皮がズルリと剥けて、直径10cmぐらいの白い穴が開いている。
血は夥しい量が頭から流れ、死体の頭からおなかの辺りまで広がっている。

気持ち悪くなって目をそらした先には、机に伏せた死体があった。
頭の左側面に黒い穴が開いている。白い縁取りのある黒い穴。
そこから青白いドロっとした内臓のような物がたれていた。なにか生き物のような輪郭をしている。
それが脳髄だと気づいたとき、胸の辺りまで先ほど食べた、
きのこパスタが口から逃げようとしたが、なんとか止めることができた。

先ほどまで寅之助を犯人クンと呼んでいた、枕崎部長。いまはタダの死体。
「犯人クン」と呼ばれたとき、死ねばいいと思った。だが、本当に殺してやろうと思ったわけではない

田村は携帯電話を手にとって応援を呼ぼうとしたが、電波が入らないようだ。
気になって自分の携帯を見てみたが、圏外と表示されていた。
仁科課長、折本、吉川も同様につながらないようだ。
職場もホームアンテナを3台用意して、漸くアンテナが1本表示されるぐらい、このあたりは電波が悪い。
近くに電波塔があるのだが、あまり近すぎると電波がこないと、携帯電話会社に言われている。
元々電波の通じないエリアで、側面を高いビルに囲まれた小さな管理室に電波が通じないのはもっともの話だった。

まだ管理室から伊勢谷が叫んでいるが、よく聞き取れない。

「応援を呼んできますので、ここで待っていてください。死体には触らないように。」
そういって田村が外に出ようと、外界と通じる唯一のドアに近寄ったその時。仁科が田村の腕を掴んだ。
「ココにいろというのか?!犯罪者と同じ部屋で待つことなんてできるわけがないだろうっ!」
顔を赤黒くさせ、唾を飛ばしながら叫んだ。
普段は大人しく存在感がない仁科だが、いまは目をギラギラさせて田村に食いかかっている。
今朝も枕崎から理不尽な言い掛かりにもニコニコ答えていた仁科。
今は顔を赤黒く変化させて、歯をむき出し、目をぎょろつかせて、唾を撒き散らしながら叫んでいる。
「アイツを拘束してからにしろっ!アイツが犯人に間違いないんだっ」
「・・・証拠がありませんし、ただ遅れて戻ってきただけで犯人と決め付けるのは・・」
田村がすべて言い終わる前に、仁科が殴りつけた。田村は後ろにはじきとばされ、壁にあたまを強く打ち付けた。
壁を背に座っている状態から、ずり落ちて頭だけ壁によりかかる形になった。目が充血し、鼻と口から血が流れている。
頭を強くうったのが原因かどうかわからないが、意識をうしなっているようだ。
殴った仁科の右拳からも、皮がむけ血がしたたり落ちている。コッチに振り向き「城ケ崎を拘束しろ」と折本と吉川に言った。
ふたりとも意義はないようだ。

右手から血が滴り落ちている仁科の姿が、寅之助が夢で見た、暗闇で立っている自分とかぶってみえた。




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