『微睡の中で(1)』


□始業 その1

「タイガー、悪いんだけどこっちにきて手伝ってくれ。」
・・・そのくらいひとりで片付けろよ。
心の中で悪態をつきながら、寅之助はフロアの端にある
キャビネットへ向かった。

寅之助を"タイガー"と呼んだ男−吉田は、ふぅふぅ息を切らしながら、
古い書類を詰め込んだダンボールをキャビネットの上に乗せようとしているようだ。

寅之助は、この吉田雄二が気に入らなかった。
勤続年数は寅之助より上で、上司からの信頼も厚く、
仕事もそつなくこなす吉田だが、その容姿・行動が寅之助をイライラさせた。

年齢は寅之助の3つ上の27歳。独身。
髪の毛はきっちり七三分け。どんな整髪料を使用しているのか分からないが、
崩れているのを見たことが無い。身長は150−160ぐらいで、やや太り気味。
ベルトは出来ないのか、嫌いなのかは分からないが、常にサスペンダーをしている。
噂ではブランド品のサスペンダーで、一本数万円はしているそうだ。

目が小さく、メガネをしている。
メガネは顔を半分隠してしまうほどの大きいメガネだ。
初対面の人に、私はプログラマーなんです。と言うと大抵のひとに納得されるそうだ。

「このダンボールを、キャビネットのうえに上げたいんだよ。」
「ああ、これは重たいですね。なにか踏み台になるような物を探してきますよ。」
はぁはぁ息を切らしながら、サンキュー頼むよ、とねっとりした笑顔を浮かべる。
ダメだ、ウザい。ウザすぎる。笑うな気持ち悪い。
その場から離れたいのもあり、踏み台を探すという仕事を引き受け、とりあえず、
同じフロアにいる、庶務担当の高樹結花に聞きに行くことにした。

まあ高樹さんと話をするきっかけが出来ただけでもヨシとしよう。

高樹結花は美人ではないが、気の付く女性で誰にでも優しく接する、
まさにフロアのアイドルだ。少なくとも寅之助にとってはアイドルだった。
スタイルもよく、品が良い服装を選んでいて、清潔感がある。

「たしかこっちにありましたよ。」
たしか年齢は、オレの一つ下だったよな。そう考えながら結花の後をついていく。
吉田は彼女に話し掛けることが出来ない。高樹結花限定で話し掛けられないのではなく、
おそらく女性と話をすることが苦手なのだろう。
二人でフロアの奥にある、倉庫(といっても物置に成り果てた会議室だが)についた。
いい匂いがする。甘い柑橘系の香水だ。後姿を見ていると、抱きしめたくなる。
そんなことを考えていると、はいどうぞ、っと2段しかない脚立を渡してくれた。

脚立をもって吉田の元へ、小走りで戻った。
「吉田さん、もってきましたよ!」
ありがとう、と汗をかきながら脚立を受け取り、その上にのってようやくダンボールを
キャビネットの上にあげることができた。
いま、脚立をけり倒すことができたらどんなに気持ち良いだろう。
そう思いながら、冬なのに汗をかいている吉田を見つめていた。

時間はもうすぐ昼休みになろうとしていた。



微睡の中で(2)→